イチゴ狩り発祥の地 〜久能山〜 イチゴ農家の山内里美さんインタビュー 前編

イチゴ狩り発祥の地 〜久能山〜 イチゴ農家の山内里美さんインタビュー 前編

みうっち_にっこり  山内屋さんの歴史は古いんでしょうか。

山内屋_山内里美さん商店街が全焼しているので文献はすべてなくなってしまっているんですけども、最初のイチゴの一株目が来たのが、ココ。久能山東照宮の神主がアメリカの大使館から一株目をもらって、それをうちの畑の横のおじさんに渡したことがきっかけ。そのおじさんが、「何だこりゃ」といって、それを石の垣根に植えた。そしたらそれがどんどんつるが伸びて、赤い実をつけた。そんなところから始まっているので自分の畑に第三者を入れて、なっているものをそのまま食べてもらうというのもここから始まっています。

みうっち_にっこり いわゆるいちご狩りの発祥というやつですね。

山内屋_山内里美さん 自分の畑でお客を呼べたのは、元々ここが観光だったんですね。富士山が見えて、世界遺産の松原がそこにあって、ここ久能山が徳川家康の最後の土地であるということから、そこにいちごがなっているのなら、観光に来た方々をついでにそこに入れよう。この流れが、120年続いている理由だと思うんですよね。

山内屋_山内里美さん 羨ましいことに、圃場にトラックが横付けすることすらできていない地区なんです。それは海と山に挟まれた斜面で生活をしているので、その斜面でいちごをつくるには地面を起こす必要がある。起こすというのは石を積み重ねていって、冬至の日に90度で太陽の光があたるような角度、それを皆が考えて、一番最初の人は台風のときや洪水のときに山から流れてくる大きな石、子供達が海からとってきた石も斜面に積み重ねていって残っている。そこでコンクリート技術ができたので、丸い石ではなく、平にして、なおかつ均等にV字のカットを入れることによって、整列してイチゴを作ることができるようになった。

                                       V字カットコンクリート

V字のカットのコンクリート

石からコンクリートになったことはものすごい進化なんです。父の時代は水も手でかけなければいけなかったので、肩に大蛇のようなホースを担いで 半日かけて水をあげていた。私が中学生になってようやく、電池を使ってタイマーで潅水できるチューブ、ホースが来た。そこからは進化していないので体に負担があって疲れるし、といってどんどん農家がやめていって、石垣で農業をやれる人たちは限られてしまった。私自身もあまり意味がないなぁと思ってしまったので、全く携わらなかったけれども、出てったところで割と評価が高かったらなんかやめれなくなってしまった。

山内屋_山内里美さん ずっと100年以上やれるって受け継いだ人しかできない。これはどこからも買えないんですよね。化石燃料をいっさいたかずに、太陽の光だけで促成栽培できるのもこの場所が持っているもともとの風土の力。そう思うので、それを受け継いだのに、大変だからと言ってやめることができなかった。私達が自慢できることは”栽培方法”人の手と感覚、それでずっとイチゴを作ってきたということをきっちりと”伝えていくこと”をやらなくてはいけないと思った。一度離れてみて、魅力に改めて気付いたんですね。やめるのはもったいないと思ったし、伝えていくことで価値があがれば「もう一回作ってみよう」と荒れた石垣がまた実をつける日も来ると思います。

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