肥料の中でも特に重要な「窒素」。その中でも水に溶けやすく作物に吸収されやすい形が「硝酸態窒素」と呼ばれるものです。しかし簡単に吸収される一方で、施肥の仕方を誤ると、作物への過剰残留や水質汚染など環境に悪影響を及ぼすこともあります。
硝酸態窒素とは?
窒素肥料の形態の一つ。窒素肥料は「硝酸態」の他、「アンモニア態」「尿素態」に分けられます。硝酸態窒素はアンモニア態窒素や尿素態窒素と比べて水に溶けやすく、土壌中で移動しやすい性質を持っているため、作物にすぐ利用されるという利点があります。一方、土壌中にとどまりにくいため、雨とともに地下水へ逃げやすく、流亡リスクが高いという特徴もあります。
作物への影響と残留リスク
作物にとって硝酸態窒素は、効率よく取り込めることから大切な栄養といえますが、過剰に与えると硝酸態窒素が作物体内に残留し、以下のようなリスクが生じます。
作物品質の低下
葉物野菜(ホウレンソウ、レタス、チンゲン菜など)では、収穫時に硝酸態窒素が高濃度で残ることがあります。残留濃度が高いと、食味の低下につながる可能性があります(えぐみや苦味が強くなるなど。ただし、食味との直接的因果は作物・条件により異なる)。
健康リスク
硝酸態窒素の摂取過多により、乳幼児にメトヘモグロビン血症(いわゆる「チアノーゼ」)などのリスクがあるとされています。
硝酸態窒素の環境負荷にも注意
農地から流出した硝酸態窒素は、雨水や灌水により地下水へと流出することがあります。これが進むと水質汚染の一因となる他、富栄養化による生態系への悪影響が懸念されます。
日本では、環境省と厚生労働省が「硝酸態窒素+亜硝酸態窒素=10 mg/L以下」を水質基準と定めています。しかし農業現場において(特に畜産地帯や施設栽培が密集する地域では)、地下水中の硝酸態窒素が基準値を超過する事例が報告されています。詳しい発生状況は、各自治体や環境省・厚生労働省が公表する資料をご確認ください。
EUの残留基準と日本の現状
欧州連合(EU)では硝酸態窒素の摂取による健康リスクを抑えるため、葉物野菜に残留する硝酸態窒素の最大許容量が法律で定められています。たとえば2023年9月時点のEU規則ではホウレンソウ・レタス等の作物・季節・栽培法に応じた最大含有量はおおむね2,000–4,500 mg/kgの範囲で規定されています。正確な値は付表を参照してください。
一方日本では、野菜中の硝酸態窒素については明確な法定基準は法的上限値は設定されていません(水道水の水質基準においては「硝酸態窒素および亜硝酸態窒素の合計で10mg/L以下(N換算)」と規定されています)。
日本国内産の野菜の中には、時期や施肥量によってEU基準を超える農産物もあると報告されています。また消費者の健康意識の高まりや輸出需要の増加に伴い、残留硝酸態窒素の低減は重要な課題となりつつあります。
過剰を防ぐための施肥設計
硝酸態窒素の過剰を防ぎ、品質と環境の両立を目指すには、以下のような施肥管理が重要です。
施肥量の適正化
作物ごとに必要な窒素量を土壌診断や「施肥設計指針」等で把握し、それに合わせて肥料設計を行います。農林水産省のウェブサイトには、各都道府県が公開する「施肥基準」や「土壌診断基準」についての情報がまとめられています。
追肥の分割施用
元肥で多く与えすぎず、生育ステージに応じて追肥を複数回に分けて施すことで、過剰吸収や流亡を防ぎます。
作物別・季節別に注意を払う
秋冬どりの葉物野菜では、気温低下と光合成能力減少により、過剰残留しやすくなるため、施肥量を控えめにするなどの配慮が必要です。
有機質肥料や緩効性肥料の活用
有機質肥料や緩効性肥料といった、ゆっくりと窒素が供給されるタイプの肥料を使うことで、急激な土壌濃度の上昇を防止できます。これらの肥料を取り入れた圃場では地下水汚染が抑制されたとする報告もあります。
また、分割施肥、被覆・緩効性肥料、硝化抑制剤、被覆作物など、複数の手法を組み合わせることで硝酸の溶脱低減に有効とする研究が多く報告されています。一方で、有機質肥料の施用は条件によっては溶脱が増加する可能性もあるため、土壌診断を踏まえた施用量や時期の最適化が重要です。
適切な施肥管理が重要
硝酸態窒素は、作物の生育に必要不可欠な栄養素です。しかし、過剰に施用すれば作物の品質低下や環境汚染、健康リスクにつながることを忘れてはいけません。
今後、日本でもEUのような基準が求められる可能性がないとは言い切れません。適切な施肥管理と環境配慮の意識がますます重要になるといえます。
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