近年、農業分野に限らずICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)やAI(Artificial Intelligence:人工知能)の活用が進んでいます。
農業界においては農業法人の増加が見られ、安定した経営や農作業の効率化を図るためにICTやAIの技術が活用されています。
たとえば、ICTやAIを活用した「収穫量予測技術」の導入は、「契約栽培」を行う農業経営体に役立ちます。
契約栽培とは、小売業者や流通業者と出荷日や出荷数量、価格などをあらかじめ契約し、それに基づいて農作物を生産する方式であり、このような計画的な営農により、生産者は安定した経営を継続できます。しかし、農作物の生育は季節や気象など自然環境の影響を大きく受けるために、契約どおりに所定の数量と品質を確保することは容易ではありません。特に経験の浅い新規就農者などにとっては、生育状況の判断や栽培作業のスケジューリングが難しいといえます。そこで役に立つのが、前述した収穫量予測技術です。
AIを活用した収量・収穫量予測
生育・収量予測ツール
まずは農研機構(NARO)が提供する「NARO生育・収量予測ツール」をご紹介します。
このツールは、定植日や気象データを入力することで、生育量や収穫日、収穫量の予測が可能になるというもの。現在、露地野菜向けにはキャベツ、レタス、ブロッコリー、ホウレンソウ、タマネギ、葉ネギの6品目が対応しており、希望するICTベンダー(IT製品やITサービスをエンドユーザーに直接販売する企業)が自由に予測情報を利用できる仕組みが整備されています。この予測データを活用することで、作付計画の策定から出荷スケジュールの調整までを効率的に行うことが可能となります。
なお、このツールは、農業データ連携基盤「WAGRI」を介して利用できます。
農研機構が株式会社ビジョンテックと共同開発した栽培管理支援システムも注目です。
このシステムでは、高精度な気象情報を1kmメッシュ単位で提供する「メッシュ農業気象データシステム」が活用されており、全国の気象データを細かく取得し、作物の発育ステージや収穫時期、病害発生などを予測することができます。農業者が作付け情報や葉色データを入力することで、適切な追肥時期や品質被害の軽減策を得ることができます。
画像解析技術による予測
次に、より高度な収穫予測方法として注目されているAIによる画像解析技術について紹介します。
日鉄ソリューションズ株式会社が実証している技術では、圃場で撮影したブドウの写真をAIに学習させ、房の検出・大きさの推定・重さの推定を行うことで、収穫の2週間前にはほぼ正確な収穫量が予測できるようになります。
このような技術の普及には、日常の作業と同時に画像取得を行う効率的な仕組みが不可欠ですが、現在、カメラを搭載したロボットやドローンが画像取得を行い、AIの学習に必要なデータを自動収集する試みも進んでいます。画像の取得頻度を高めることで、予測の精度もさらに向上することが期待されます。
「農作物収穫時期・収量予測システム特許」を取得した株式会社オプティムの技術では、カメラで撮影した画像と環境データをAIが解析することで、トマトやイチゴなどのハウス栽培作物の収穫時期と収量を予測できます。
海外の事例
海外では、オランダのスタートアップ企業Source.ag社が開発した「SourceCultivate」が注目されています。これは植物の成長と発育をシミュレーションし、実際の気候条件に基づいた収穫量予測を行うもので、最大で8週間先の予測を84%の精度で実現しています。視覚化と修正のしやすさを特長とし、多くの生産者が販売業務の最適化に活用しています。
さまざまな現場で役立つ
収穫予測技術の影響力は農場での作業だけにとどまりません。サプライチェーン全体の最適化にも大きく貢献します。
たとえば観光農園であれば、収穫予測技術を活用し、収穫量に合わせて来場者数や収穫体験の予約数を調整することで、農産物の不足や余剰を回避できます。加工業者であれば、加工に使う資材や材料などの在庫確認を行うことで、工場の効率的な稼働につなげられます。
販売計画や人員配置、資材の手配といった各工程においても、予測情報の精度が業務効率に直結するのです。
課題と注意点
ICTやAIを活用した収量・収穫量予測の技術にはメリットがある一方で、いくつかの課題と留意点もあります。
たとえば、生育予測モデルを構築するためには多数の係数推定(統計モデルにおけるパラメーターとなる係数の値を、観測されたデータに基づいて推定するプロセス)が必要になりますが、生育予測モデルの対象は主に水稲や小麦といった年1回作の穀物です。季節ごとに環境条件が大きく異なる葉物野菜のような短期作物への応用には工夫が求められます。特にミズナやコマツナなどは年に複数回栽培されるため、気温や日射量の季節変動の影響を受けやすく、従来の予測手法では精度に限界があるのが現状です。
また、予測モデルには多数のセンサや衛星データが必要であり、初期投資や維持管理コストが高額になりがちです。そのため、中小規模農家が技術を導入する場合、経済的な負担となり得ます。
さらに、予測情報は気象予測に強く依存するため、天気予報が外れると予測モデルにも誤差が生じます。
そのため、ICTやAI技術を用いた生育・収量予測を活用する際は、これらの予測モデルから導き出された内容を「絶対的な指標」として捉えるのではなく、平年や過去の特定年との比較から「今年の生育傾向を読み解くための参考情報」として活用する姿勢が求められます。
まとめ
収穫量や収穫時期の正確な予測は、計画的な営農、サプライチェーンの効率化、そして農業経営の安定化にとって欠かせない要素です。AIやICTの進化により、これまで経験や勘に頼っていた部分がデータに基づく判断へと変わりつつあります。
今後もさらなる技術革新により、より多くの農業者が手軽にこうした予測システムを導入できるようになることが期待されます。
参考文献:三輪泰史『図解よくわかる スマート農業 デジタル化が実現する儲かる農業』(日刊工業新聞社、2020年)
参照サイト
- 季節を考慮した農作物の生育予測手法の提案
- WAGRIを活用した露地野菜の生育予測情報提供の取組 – NARO生育・収量予測ツールについて -|農水省
- 農研機構、「NARO生育・収量予測ツール」に露地野菜6品目を追加 | 農業とITの未来メディア「SMART AGRI(スマートアグリ)」
- SIPとは | SIP 戦略的イノベーション創造プログラム : 科学技術政策 – 内閣府
- AIソリューションが実現する高精度な収穫量予測 正確な予測で効率&利益アップ! | AGRI JOURNAL
- オプティム、ハウス栽培でAI予測を活用する「農作物収穫時期・収量予測システム特許」を取得 | 農業とITの未来メディア「SMART AGRI(スマートアグリ)」
- AGRIST、AI Co-Innovation Lab KOBEにおいて収量予測モデルの自動進化を1週間で実現
- プレスリリース (研究成果)空撮画像のAI解析技術を活用してスイートコーン収穫適期を予測