
設立の経緯
恩田畜産は昭和54年に鳥取県西伯郡西伯町(現南部町)で設立された。現会長は恩田一秀さんで、恩田家の10代目にあたる。恩田家は父の代までは家畜商をしていたが、昭和54年に現在の畜産農家となった。
恩田畜産が飛躍したのは、松坂市にある「和田金」との取引を開始してからだ。「和田金」は明治11年創業の松坂牛専門のすき焼きの老舗である。当時は、和牛のトレーサビリティはなかったから、黒毛和牛の雌の未経産牛を恩田畜産が育成し、その個体を成体のまま松阪市の屠畜場(現:三重県松阪食肉公社)に出荷したのである。「和田金」は、この屠畜場から恩田畜産の牛を仕入れていたのである。この取引の保証人になったのが、当時、鳥取大学のA教授だった。A教授は、恩田畜産が「鳥取系」の「気高号」の血統をついだ優良な血統の子牛を厳選して育てていることを知っていた。「気高号」は、1966年に開催された第1回全国和牛能力共進会において1等賞を受賞した種雄牛で、その血統の黒毛和牛が他の和牛と決定的に違うのは、霜降り(脂肪交雑)の入る遺伝子を持っていることだった。
しかし、2001年に国内で初めてBSE(牛海綿状脳症)が発生したことをきっかけに、和牛などの国産牛のトレーサビリティが始まり、生産現場での管理は2003年12月1日から、小売店などの流通段階でも、翌年の2004年12月1日からトレーサビリティが施行された。この法律により恩田畜産と「和田金」との取引はなくなり、恩田畜産は新たな戦いに挑戦するのである。
恩田さくら和牛のブランド誕生
恩田畜産が肥育している黒毛和種が「気高号」の血統をついだ「鳥取系」の和牛であることは既に述べた。この血統の牛肉には、オリーブ油と同じように健康に良いといわれているオレイン酸が含まれ、特にオレイン酸の含有率が55%以上のものはオレイン55と呼ばれていた。恩田社長はこのオレイン55に注目し、自分が育てた和牛を「恩田さくら牛」のブランドとして確立することを決心したのである。
「さくら和牛」としたのは、恩田畜産に近い、景勝地、南部町法勝寺川の川沿いの桜並木にちなんだからだ。

恩田畜産では、「気高号」の血統に加え、月齢10ヶ月までは基礎となる体格をつくるために独自の配合飼料を与え、近隣の農家から集めた新鮮な稲藁を補助食とし、豊かな自然環境の中で大切にのびのびと育てている。
筆者が、「どのような配合飼料ですか」と聞くと、会長は「企業秘密です」と笑いながら、「与える配合飼料の中味は月齢により微妙に変えている」と教えてくれた。具体的には、肥育期間の中で最も体躯が成長する15ヶ月間は恩田畜産特製の配合飼料を牛の習性に合わせ、日の出前と日没後の2回にしっかりと与え、ストレスのない環境で、オレイン酸をたっぷり含んだ黒毛牛を育てている。
このように大切に育てた月齢25ヶ月以上で未経産のメス牛の中から更に一定の基準に合格したものだけに、オレイン酸が豊富でとろけるような脂身と風味豊かな優れた肉質を持った和牛「恩田さくら和牛」のブランドが与えられている。「恩田さくら和牛」は、平成28年度鳥取県産畜産共進会で、脂肪の質賞のグランドチャンピオン賞を受賞している。
また、地元の料理人と連携し、「恩田さくら和牛」のスネとネック(煮込み料理に適した部位)のみを使った『恩田さくら和牛ビーフカレー(レトルト)』も販売している。
この商品は、平成23年のなんぶブランド認証審査会で、「なんぶブランド認証第4号」に認定された。さらに、恩田会長は南部町の農業委員会会長を兼務していて、南部町や鳥取県の地域活性化に全面的に協力している。たとえば、鳥取県が開発した人間の味覚を再現する「味覚センサー」やガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)を用いた「肉の美味しさ・甘味の数値化」に関する試験・研究に協力し、「恩田さくら和牛」の一頭づつにこの値を測定している。
経営概況
恩田畜産には、会長、社長、輸送担当のドライバー1名、哺育担当の女性アルバイト社員がいる。
経営は肥育と繁殖で、肥育は200頭、繁殖牛は30頭である。繁殖で生まれたオスの去勢和牛は市場で販売、メスは恩田畜産で肥育する。肥育されたメス牛は26ヶ月で大山町の屠殺場(鳥取県食肉センター)で屠殺され、枝肉はすべて日本フードが仕入れて小売に販売している。日本フードへの販売価格は、東京芝浦市場の当日の枝肉価格/kgに200円加えた価格である。肥育牛は年間150頭から160頭を販売、子牛は25頭を全農鳥取県本部中央家畜市場に出荷している。

販売金額と生産費について会長に尋ねると「それは勘弁してください」とのことだったが、話の中から筆者なりに推定した数字を紹介しておく。
この数字はあくまで参考数字である。
売上金額は、芝浦食肉市場(東京食肉市場)における黒毛和牛の枝肉価格は、格付け(A5~B3等)や時期によって変動するが、和牛全体の上物の月間平均価格を見ると、おおよそ、A5、A4では 2,300から 2,800 円/kg台で推移している。恩田さくら牛はkgあたり200円高い価格で買い取られているので2500円から3000円/kg、これを枝肉一頭あたりの重量、平均 500 kgで換算すると、1頭あたりおよそ 125万円 から150 万円 が目安と思われる。年間販売額は150頭から160頭だから、この頭数に125万円 から150 万円をかけると、1億8750万から2億4000万円、これに去勢和牛の販売金額を加えた金額となる。近年、去勢和牛の価格は出生頭数の減少を背景に、ブランド子牛では1頭あたり90万円~100万円近い高値になっているので、総額では2250万から2500万、これに肥育販売金額に加えた2億1000万から2億6500万程度と計算した。
生産費は、おおよそアルバイトを含めた人件費が2000万、農業機械原価償却費が1000万から2000万、素畜費が1憶2000万、飼料費が7200万程度で、合計2億2200万から2億3200円となった。
販売については、前述した日本フードから月ごとに注文頭数のオーダーが入り、このオーダーに従い出荷している。
恩田畜産の1日は、朝4時からの恩田会長の牛舎周りと牛の体調チェックから始まる。
会長によれば、牛の色艶や臭いから乳房炎に罹患しているかが分かると言うことである。
繁殖雌牛などの乳房炎は、乳牛ほど発生頻度は高くないものの、最悪の場合は繁殖の継続が困難と判断され淘汰される。繁殖雌牛が淘汰されれば経営全体の収益に大きな影響を与える。
経営における問題点
経営における問題点はと質問すると、会長は「経費の高騰が経営に影響を及ぼしている」と答えてくれ、素畜費が以前の1頭あたり50万円から80万、90万へと高騰したこと、飼料代・燃料代も含めて生産費全体では30から40%も高騰していていると具体的に教えてくれた。鳥取県でも、鳥取県東伯郡琴浦町の鳥取和牛を主力とした食肉加工会社「鳥取東伯ミート」が、2025年9月に特別清算開始決定を受け倒産した。同社は1975年に旧東伯町農協の精肉部門として発足し、2007年に鳥取中央農協と鳥取県畜産農協の出資を受け法人化したが、飼料価格や燃料費などの上昇が経営を圧迫したのである。
「補助金について」質問したところ、会長は、「とっとり産業クラスター形成事業の補助金を申請したが、申請時の建築費と補助金が活用できる時期がずれているために、建築費が高騰し赤字になったので、行政にはこの点をもう少し、現場目線で対応ができるように考えてほしい」とのことだった。最後に「経営において重要なことは何ですか」と質問すると、会長は、「何をおいても、数字がわかること、係数管理に明るいこと」だと教えてくれた。
インタビュー後、会長からランチに誘われ、南部町役場の前にある素敵なカフェ「&cafe(アンドカフェ)」に連れて行ってもらった。
この店のオーナーは「大分トリニータ」の元サッカー選手で、カフェでは地元産の食材を活かしたモーニングやランチが楽しめる。今回も、食後に地元産の食べるハイビスカスとも呼ばれるローゼルを使ったドリンクをご馳走になった。
南部町では担い手がいない遊休農地でローゼルを栽培した商品化プロジェクトに取り組んでいる。恩田会長はこのプロジェクトから生まれたローゼルドリンクなどの加工品を南部町の名産に育てたいと熱く語ってくれた。
稲田宗一郎(いなだ そういちろう)










