近年、持続可能な農業の実現に向けてIPM(総合的病害虫管理)の導入が推進されています。なかでも、寄生蜂や捕食性ダニなどを利用した天敵製剤は、化学農薬への依存度を下げる有効な手段として注目されています。
とはいえ、農業現場では化学農薬と天敵製剤を併用せざる得ない場面もあります。その際、使用する化学農薬によっては天敵製剤に悪影響を及ぼし、防除体系全体の効果を低下させてしまう可能性もあります。
そこで本記事では、天敵製剤に対して化学農薬がどのような影響を及ぼすのか、その具体例と懸念点を整理し、両者をうまく併用するためのポイントについて解説していきます。
化学農薬が天敵製剤に及ぼす影響


天敵製剤は、害虫を捕食・寄生・感染させる生物を利用した防除資材であり、「生物」であるため、化学農薬の影響を受けやすい特性があります。
千葉県農林水産技術会議の公開資料「天敵利用を中心とした施設園芸におけるIPM指導マニュアル」には、過去の失敗事例を参考に天敵導入時の注意点が記されています(資料p.17)。資料によると、“天敵に対しての影響日数の長い農薬を導入前に散布してしまい、計画通り(天敵製剤を)放飼できなくなった”とか“天敵に影響のある農薬(あるいは天敵への影響が不明の農薬)を散布してしまい、天敵が定着しなかった”とか、天敵製剤への影響を配慮せずに農薬を導入したために、防除体系がうまくいかなかったケースが報告されています。
なお、化学農薬の影響は、大きく分けて以下の通りです。
直接的な致死作用
化学農薬への接触や摂食によって天敵製剤が死亡するもの。
間接的な影響
死亡には至らずとも、化学農薬によって産卵数が減少したり、行動異常が見られたり、捕食能力の低下などが生じることがあります。海外の研究では、一部の殺虫剤が寄生蜂の産卵行動を著しく抑制することが報告されています。
残留成分による長期的な影響
散布後の残留成分が長期間にわたり天敵の活動を阻害する場合があります。特に合成ピレスロイド系や有機リン系の一部は、天敵への影響が強いとされています。
そのほか、化学農薬の影響を受けるなどして天敵が減少することで、対象害虫が再び増殖し、結果として農薬散布回数が増えてしまう場合があります。この場合、コスト増加や環境負荷の拡大につながります。
とはいえ、「全ての農薬=天敵に悪い」というわけではありません。剤によって影響が大きく異なる点に注意が必要です。たとえば静岡県農林技術研究所 茶業研究センターが公開している資料では、茶園の害虫に対する天敵「チビトビコバチ」や「シルベストリコバチ」に対する農薬の影響評価が行われ、剤によって安全性に大きな差があることが示されています。
化学農薬と天敵製剤を併用する際のポイント


では、天敵製剤と化学農薬を併用するにはどうすればよいのでしょうか。ポイントは次の通りです。
選択性の高い農薬を選ぶ
天敵への影響が少ないと評価されている農薬を選ぶことが基本です。日本生物防除協議会が公表している「天敵等に対する農薬の影響目安の一覧表」は参考になります。株式会社アグリセクトが公開するウェブページ「農薬影響表(天敵生物)」では、農薬と天敵生物の名称をクリックすることで農薬の残効期間か影響の程度を調べることができます。
散布タイミングを工夫する
天敵を放飼する前に農薬処理を済ませる場合には、その残効期間を考慮する必要があります。また、天敵放飼後にどうしても散布が必要な場合は、天敵の活動が少ない時間帯に限定するなどの工夫が求められます。
部分散布・スポット防除
全面散布ではなく、発生箇所に限定したスポット処理により、天敵の生息域を確保します。
環境条件を整える
昆虫病原菌製剤などは温度や湿度条件に左右されます。製剤ごとに合った条件下で使用することが、併用する化学農薬の量を減らすことにつながります。
事前試験と情報収集
小面積での試験散布を行い、薬害や天敵への影響を確認することも重要です。
まとめ


天敵製剤と化学農薬は対立するものではありません。適切に組み合わせることでより効果的な病害虫防除が可能となります。即効性に優れるのはやはり化学農薬であり、急激な害虫の増加に対応する際に有効です。一方で天敵製剤は長期的に害虫の密度を抑制する働きを持ち、継続的な防除に役立ちます。それぞれの特性を理解して使い分けることで、より安定した防除体系を築くことができます。
ただし、先述した通り、化学農薬と天敵製剤の併用にはいくつかの注意点があります。天敵に強い影響を及ぼす農薬を使用してしまうと、せっかく導入した天敵が定着しなくなる可能性があります。農薬の残効が長ければ、天敵の活動や増殖にも影響します。そのため、天敵への影響が少ない農薬を選択すること、散布のタイミングを調整することが重要になってきます。
さらに、必要以上に農薬を使用せず、発生状況に応じて部分的に防除を行うことも大切です。スポット防除や適切な散布間隔を取り入れることで、天敵が生息できる環境を維持しながら害虫の発生を抑えることができます。
効果的なIPMを実践するためには、さまざまな防除手段を組み合わせて総合的に管理することが重要です。薬剤の選択、散布のタイミング、天敵の導入時期などを適切に設計することで、防除効果を維持しながら環境負荷の低減や持続可能な農業につなげることができます。
参照サイト
- 天敵利用を中心とした施設園芸におけるIPM指導マニュア|千葉県農林水産技術会議
- 化学農薬の天敵・天敵微生物への 影響について
- Biological Control: Pesticide Compatibility, Testing Quality, Storage : Greenhouse & Floriculture : Center for Agriculture, Food, and the Environment (CAFE) at UMass Amherst
- 3)生物農薬(天敵製剤、微生物防除剤)
- Effect of Pesticides on Biological Control Potential of Neoscona theisi (Araneae: Araneidae) | Journal of Insect Science | Oxford Academic
- 日本生物防除協議会 | 天敵等に対する農薬の影響目安の一覧表
- 各種農薬の土着天敵に対する影響評価
- Effect of Chemicals on Biological Control Agents
- Impact of pesticides use in agriculture: their benefits and hazards – PMC






























