農業・農地政策の限界  ―日本農業の主流は依然として家族農業経営―

農業・農地政策の限界  ―日本農業の主流は依然として家族農業経営―
出典:農林水産省「農林業センサス 」より

 

2000年代の小泉政権から我が国の農業政策は大きく方向転換しました。今までのバラマキマ型農業政策からプロの農業法人等へと政策を変換したのです。

その政策の理念を一言で言うと

―家族労働力を中心とした家族経営体は規模が小さく生産効率が悪いので、株式会社や他分野からの人材や資金力を積極的に投入した企業的経営体が必要―

となります。

この理念を実現するために、国は2014年に農地中間管理機構を立ち上げ、農地集積・農地集約を推進し、規模拡大によるプロの農業法人化を進め、法人化した農家(集落営農も含む)に対し、農業補助金を厚くする政策を実施しました。

その背景には次のような事情があります。農林水産省の農業センサスによれば、農家や法人組織等を合わせた農業経営体数は、2005年の200万9000戸から2015年にかけて137万7000戸へと減少しています。しかし、農業経営体数が減少していても、株式会社等の組織経営体が増加していれば、日本農業は新たな時代に向け歩きだしたと捉えることができます。しかし、2015年の農業経営体数137万7000戸のうち、組織経営体数(農家以外の農業事業体及び農業サービス事業体)は27101戸と全体の1.97%に過ぎず、残りの134万9900戸は家族経営体なのです。

国は、この数字、つまり、株式会社等の組織経営体が増えていない状況を把握していたので、2014年に前述した「農地中間管理機構(農地バンク)」を設立したのです。この法律の狙いは、農地の中間的受皿組織を立ち上げ、そこに農地を集中し株式会社等の組織経営体を増やすことでした。

 

しかし、国が肝いりで始めた農地中間管理事業による農地集約、および、その延長線上にある株式会社等の組織経営体は国の思惑通りに増加したのでしょうか?

―答えはNO―

です。2020年の農業センサスによれば、2020年の農業経営体数107万6000戸のうち、組織経営体数(農家以外の農業事業体及び農業サービス事業体)は30707戸と全体の2.85%と僅かに増加したのに過ぎず、残りの97.1%の104万4500戸は家族経営体なのです。この数字から、日本農業は、現在でも依然として、家族農業経営が中心であることが分かります。この数字は何を意味しているのでしょうか?

《理性的なものは現実的、現実的なものは理性的である》

というヘーゲルの言葉から、『存在するものは合理的である』という解釈が生まれました。

これを日本の家族農業経営にあてはめれば、国の思惑どおりに組織経営体が増えずに家族経営体が多いと言う事実は、日本農業においては、組織経営体よりも家族経営体の方が合理的だと言うことになります。

この事実の裏側には、現場の農家(集落営農も含む)は、自分たちの組織を、株式会社を含む法人化(組織経営体)にしてもメリットがないと考えているからです。

国が描く土地依存型農業法人は、

《企業的な組織経営体に農地を「集積・集約」し「規模の経済」を発生させコストダウンを進める》

そんなイメージを想像しているのです。

 

しかし、現実には、地域の担い手農家が農地を集積・集約しても、それ以上に農地を集約するためには、地域に住む高齢農家、兼業農家を交えて、地域農業の将来をどうするのかについて、JAや農業委員会がコーディーネートとなりながら地道に議論することが必要となります。この議論なしでは、農地集積・農地集約が進まないことは農村の現場に入れば常識なのです。

 

国はこのような状況を踏まえ、2021年5月に「人・農地など関連施策の見直し」を発表しました。この見直しでは、従来の「人・農地プラン」を市町村が策定する計画として法定化する中で、従来の認定農業者等とともに多様な経営体を、地域農業の担い手として、積極的に位置付けたました。多様な経営体とは、継続的に農地利用を行う中小規模の経営体、作業・機械を共同で行いつつ農業を副業的に営む半農半Xの経営体などが含まれています。

この農業の担い手に関する変化は、前述した2020年においても全農業経営体のうちの97.1%が、依然として、家族経営体である点を考慮し、プロの農業法人等への政策集中を微妙に修正したものと考えられます。

さらに、この「人・農地プラン」にあわせ、「10年後に目指すべき農地の効率的・総合的な利用の姿を明確化した地域の目標地図の作成」を法制化している点が特徴です。

「目標地図」とは「10年後に目指すべき農地の効率的・総合的な利用の姿を明確化する地図として、農地の集約化等に関する基準に適合するよう作成するとし、農地の集約化に重点を置いて、生産の効率化等に向けた利用関係(農作業受委託を含む)の再構築を通じて目指す具体的な農地の効率的・総合的な利用の姿を表したもの」(農林水産省資料)としており、「目標地図」の作成が今回の人・農地プランのキーポイントの一つになっています。しかし、現実には、この「目標地図の作成」には大きな問題があるのです。これについては、次回で説明することにします。

 

【プロフィール】
稲田宗一郎(いなだ そういちろう)
千葉県生まれ。小説『夕焼け雲』が2015年内田康夫ミステリー大賞、および、小説『したたかな奴』が第15回湯河原文学賞に入選し、小説家としての活動を始める。2016年ルーラル小説『撤退田圃』、2017年ポリティカル小説『したたかな奴』を月刊誌へ連載。小説『錯覚の権力者たちー狙われた農協』、『浮島のオアシス』、『A Stairway to a Dream』、『やさしさの行方』、『防人の詩』他多数発表。2020年から「林に棲む」のエッセイを稲田宗一郎公式HP(http://www.inadasoichiro.com/)で開始する。

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