芹澤直己さんを訪ねて

芹澤直己さんを訪ねて

7月下旬、芹澤直己さんを御殿場市の自宅に訪ねた。芹澤家は300年続いている農家で、祖父はコメ父親は酪農を経営していた。直己さんは12代目で東京農業大学を卒業し花屋に就職、その後、滋賀県のバラ園で1年間研修した。花屋に就職、バラ園で研修したのは、酪農をやっていた父親が平成元年に1000坪のガラス温室を建てバラ園の経営を始めていたからだ。直己さんは25歳の時に就農した。
就農した直己さんは当初はバラをやっていたが、バラは18℃の温度管理が必要で、御殿場は寒く重油代がかかりすぎたので、バラ園の面積を徐々に減らしていった。たまたま、近所の脱サラ農家が夏秋トマトを新規に始めソコソコの成果をあげていた。彼と仲良くなり、450坪の温室で冬に促成のミニトマトを始めた。促成のミニトマトは12℃くらいの温度管理でよく、燃料を地元の間伐材を活用した木質ペレットに切り替えた。

労働力は、両親、直己さん、奥さん、パート3人であり、両親と妻は収穫、パートさんは芽かき等の栽培関連の仕事を担当し、直己さんは販売、配達、商談、肥料、農薬の選定など経営全般を担当している。現在は、バラを減らしミニトマトとパプリカを主に栽培している。

年間の作業スケジュールは、450坪のハウスで8月末から7月上旬までミニトマトを栽培し、それと並行して、3月に無加温ハウスでパプリカ・ジャンボピーマンを定植し、11月まで収穫している。このパプリカ・ジャンボピーマンは、地元の種苗店から指導を受け生産を始め、1年目から収量が取れて売りものになった。今年からは、ハウスの一部で、9月から3月までイチゴを生産するとの事だ。今後は、ユーカリなどの枝物の露地物を畑で栽培する予定である。

直己さんの経営の特徴は販売方法にある。生産したミニトマト・パプリカなどは、JA、市場には出荷せず、直接、自分で販売している。販売先は、JAで理事をやっていた時に企画の段階から関わったJA直売所、ファーマーズ御殿場、道の駅ふじおやま、自園直売所、チラシによる口コミ販売である。

なぜ、JAを通した市場販売ではなく、直接、自分で販売したのか聞いたところ、直己さんは、

「花は夏場の価格が下がり売るのがつらかった。その時の経験から、『自分で作ったものは自分で価格を決めたい』」

との哲学が生まれたと答えてくれた。

自分で販売するには何の作物が良いのかと熟慮した結果、「ミニトマト」が選択に残った。その後、いろいろの販路を探し、その経験から、今から7年前に現在の販売経路に落ち着いたとの事だ。

<この取材中にも、リーフレットを見たからミニトマトを買いたいとの電話がかかる。初めてのお客だ>

ミニトマトは、飛騨高山のトマト農家に生産委託した100%のミニトマトジュースや地元の段ボール会社に独自注文したパックで包装したふるさと納税品の返礼品としても販売している。

事業承継について聞いたところ、祖父のコメ、父親の乳牛からバラ、自分のミニトマト・パプリカへと経営が大きく代わったので、自分が経営を引き継いでも問題は発生しなかったとの事だ。経営形態は法人経営ではなく、個人事業主で、父親が経営者、本人が農業専従者で、二人とも認定農業者になっている。

国の農業政策の概要を示したパワポを渡し感想を聞いたところ、「みどりの食料は難しい政策ではないのか、肥料が高いから有機ではあまりにも短絡ではないのか、静岡県にもGAPの制度があるが有機を推奨しているわけではない、農業の現場から言えば、有機農業は、むしろ、篤農家しかできないのではないか?」との事だった。また、スマート農業はどう思かと聞くと、ドローンとかロボットを活用したコメ生産は、日本の現状では、メリットが出るまでの農地をまとまって確保するのは難しいので、なかなか普及しないのではないか。むしろ、ICTやセンサーネットワークを活用したハウスの温度管理は施設園芸には必要であり、自分も既に温度管理等で利用していると答えてくれた。

ナノバブルについては、すべてのハウスで導入しているが、今のところ、これと言った成果は認められないが順調に栽培はできている。全部がナノバブルだから比較しよいがないのが実際のところだ。カクイチのWeb講習会に参加したところ、イチゴには良い成績が報告されているそうなので、今年の収穫に期待しているとのことだった。

筆者が、直己さんは、父親の建てたガラス温室を利用できたから経営が軌道にのったのではないかと聞いたら、確かにそれもあると答えてくれた。さらに、筆者の知り合いに新規就農した農家がいるが、彼にアドバイスするとしたらと聞いたら、

「露地野菜だけだと難しいので、簡易ハウスでトマトなどを作ったらどうか」とアドバイスしてくれた。ハウスを見学した後、JAのファーマーズマーケットを見学し、御殿場駅まで送って貰った。

「今度機会があったら、新規就農の友人と一席設けるから一緒にやりましょう」

と言って別れた。

 

 

【プロフィール】
稲田宗一郎(いなだ そういちろう)
千葉県生まれ。小説『夕焼け雲』が2015年内田康夫ミステリー大賞、および、小説『したたかな奴』が第15回湯河原文学賞に入選し、小説家としての活動を始める。2016年ルーラル小説『撤退田圃』、2017年ポリティカル小説『したたかな奴』を月刊誌へ連載。小説『錯覚の権力者たちー狙われた農協』、『浮島のオアシス』、『A Stairway to a Dream』、『やさしさの行方』、『防人の詩』他多数発表。2020年から「林に棲む」のエッセイを稲田宗一郎公式HP(http://www.inadasoichiro.com/)で開始する。

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