昨今、ツキノワグマやヒグマ(以下「クマ」)が餌を求めて人里に近づくニュースを目にする機会が増えました。里山・中山間地域では、紅葉が深まる秋から冬眠前の時期にかけて、クマの活動範囲が人里近くに広がる傾向があります。いまや畑や果樹園、住宅のすぐ近くにもクマが現れる時代です。
農作業中のクマによる人身被害は全国各地で発生しています。農作業者や里山利用者が安全に作業を続けるためにはどうしたらよいのでしょうか。
クマの行動を知る。遭遇しやすい時期と場所とは


クマは雑食性で、木の実・果実・昆虫などを広く食べます。特に冬眠前の秋には、脂肪を蓄えるために長距離を移動して餌を探します。この時期、山と里の境界にある果樹園や放棄地が、出没しやすい場所となります。
また、母グマが子グマを連れている場面ではクマの防衛本能が強まるため、遭遇した際に襲われるリスクが高くなります。加えて、早朝や夕方など人の気配が少ない時間帯や、林縁・斜面林近く・草や灌木が茂った見通しの悪い場所も危険です。長野県の注意喚起では「朝夕の単独作業を避ける」ことが推奨されています(長野県、2023)。
作業前にできる備え


日々の農作業のなかで、以下のポイントを押さえておくと安全です。
(1)作業時間・場所の見直し
クマの活動が活発になる時間帯(早朝・夕方)や、林縁・斜面・放棄地付近の農地は特に注意が必要です。
(2)音で自分の存在を知らせる
作業中にラジオ・鈴など音が出るものを携帯し、自分の存在をクマに知らせることが大切です※。クマとバッタリ遭遇することを防ぐための有効な手段とされています。
※クマよけとして推奨されている鈴ですが、場合によっては逆効果になることが指摘されています。東京農工大学大学院農学研究院教授でツキノワグマの研究をしている小池伸介氏やヒグマに詳しい公益財団法人知床財団の葛西真輔氏によると、クマが人里に食べ物があることを学習している場合、鈴の音を聞いて近寄ってくる可能性があるとのこと。クマが住宅街などにまで足を踏み入れている昨今、鈴のクマよけとしての効果が薄れていく可能性があることも頭に入れておきたいところです。
参照元:研究者が懸念する、クマよけの鈴の”逆効果化”。その兆候が2025年の「住宅・倉庫侵入」で見え始めた – All About ニュース
参照元:熊鈴って効果あるの?と専門家に聞いてわかった登山者がすべき本当のクマ対策 | YAMA HACK[ヤマハック]
(3)見通しを良くする
灌木・雑草の刈払い、林縁部の整理・果樹園の周囲の整備など、クマの潜みやすい場所を減らすことが重要です。
(4)誘引物の適切な管理
収穫後の果実、果樹放置物、生ゴミ、ガソリン/揮発性物質の保管場所などは、クマを誘引する要因となります。果樹園・養蜂場などではクマが収納庫に入り込んでしまうケース、カキ・クリなど放置果が被害を引き起こすケースも報告されています。
(5)単独での作業を避ける
頻繁にクマが出没する地域では、1人で作業するリスクが高まるため、複数人での作業・見回り体制を整えることが望ましいです。
これらを「作業前のチェックリスト」として習慣化するだけでも、クマと遭遇するリスクは大きく下げられます。
万が一遭遇してしまったら……


冷静さを保つことが最も重要です。「慌てないこと」は最大の防御になります。
- 走らない・大声を出さない:背を向けて逃げると追跡本能を刺激してしまいます。落ち着いて、ゆっくりと後ずさりしてください。
- 撃退スプレーを携帯する:適切な距離(5〜10メートル前後)で噴射できるよう、使い方を事前に確認しておくことが大切です(林野庁、2022)。
- 声を掛け合って行動する:複数人で作業している場合は、常に声を出して互いの存在を知らせます。
- 出没情報を報告する:足跡や糞などを見つけたら、すぐに市町村へ報告してください。情報共有が早ければ早いほど、被害防止に役立ちます。
知っておきたい、撃退スプレーの効果的な使い方
最後に、前述した「撃退スプレー」について詳しくご紹介していきます。人里へのクマ出没が相次ぐなか、クマ撃退スプレーの携行が推奨される地域も増えています。「持っているだけで安心」と思われがちですが、正しい使用方法を理解していなければ、いざという時に十分な効果を発揮できません。
クマ撃退スプレーの基本構造
クマ撃退スプレーは、主成分であるカプサイシン(唐辛子の辛味成分)を高圧で噴射し、クマの嗅覚・視覚を一時的に麻痺させることでクマを撃退する、というもの。あくまで「威嚇・回避のための防御用具」です。噴射距離は製品によって異なりますが、一般的に5〜10メートル前後が目安です。
使用のタイミングと噴射する際の姿勢
スプレーは、クマがこちらに向かって突進してきた時(10メートル以内)に使用します。風向きを確認し、風下に立つと自分にかかる危険があるため、必ず風上または横風方向で噴射してください。
噴射時は片膝をつくように低い姿勢をとり、クマの顔や胸部を狙って短く断続的に噴射します。持ち方は「消火器を使う時」と同じイメージで、腕を伸ばして安定させるのがコツです。
使用上の注意点
誤噴射防止ピンは、現場で作業を始める前に外さず、クマの気配を感じた時点で外すようにします。
車内や直射日光下では、高温により缶が破裂する危険があります。必ず15〜25℃程度の場所に保管しましょう。
一度使用したスプレーは圧力が低下するため、再使用せず新品に交換してください。
農作業中に腰ベルトや肩掛けホルダーなどですぐ取り出せる位置に装着しておくことが重要です。
よくある誤った使い方
クマが遠くに見えた段階で噴射する→効果が届かず無駄になるので必ず適切な距離で噴射するようにしてください。
風下から使用する→自分が被弾してしまい、視覚や呼吸に支障をきたすので注意してください。
古い製品を使う→ガス圧が低下して噴射できない可能性があります。
練習をしていない→安全ピン解除や噴射方向の感覚が掴めず、必要な時に使えない場合があります。
まずは備えを


クマの活動パターン・出没リスクを理解し、クマ対策のためにできる備えを日々の作業の中に組み込むことが大切です。
また、最後にご紹介したクマ撃退スプレーは「最終手段」です。まずは音や声で距離をとること、そして単独行動を避けることが第一の対策です。地域によっては、自治体や森林組合で安全講習会や実地訓練を実施している場合もあります。携行だけでなく、実際に「使える状態」にしておくことが、命を守る最大の備えとなります。
参照元ウェブサイト






























