かつて自家採種や地域の農家同士の交換でタネづくりの文化は受け継がれてきました。しかし、戦後の産業化・効率化の波でその多くが姿を消しました。
昨今、輸入種子への依存が高まる中、供給網の不安定さやコスト上昇、さらに気候変動やパンデミックの影響から「国産回帰」「伝統種・固定種の復興」を志す流れが、地方の農家や種苗業者の間で徐々に広がっています。
本稿では、日本におけるタネ作りの歴史と今の動きについてご紹介していきます。
各地で受け継がれてきた自家採種文化


日本における野菜や果物の栽培は、かつて「自家採種(自家用・自家保存の種を再利用すること)」を基本としてきました。自分たちの畑で育てた野菜からタネを取り、それを翌年また蒔く、というサイクルです。
このような自家採種文化や地域間での種子の交換は、単なる保存を越え、地域の気候風土に合った在来種や土地ならではの固定種を育てる基盤でもありました。たとえば、わずかな土地で育てられてきた地方野菜や伝統野菜は、収量や形の均一性ではなく、風味や土地との相性を重視した固定種として育まれてきたのです。
また、このような地域に根ざしたタネ文化を背景に、歴史的にはさまざまな野菜や作物の栽培法や品種が存在し、地域ごとの多様性が保たれてきました。たとえば、江戸時代の農業書である 成形図説(1793〜1804年編纂)には、当時日本国内で栽培されていた多様な作物とその栽培法が記されており、その多くは現代では見かけない品種も含まれています。
しかし、戦後の食糧難を脱し、流通網が整い、都市向け大量生産・大量出荷のニーズが高まるにつれて、伝統的な自家採種や地域固有の固定種は商業的生産に置き換わる形で大幅に縮小しました。
F1種普及と海外依存が進んだ背景
戦後の復興と高度経済成長の中で、農業には「効率化」「均質化」「安定供給」が求められるようになりました。その中で、従来の自家採種や固定種ではなく、毎年新品の種子を購入する「F1種」の普及が拡大していきました。
固定種は、地域や気候風土に応じた特性をもつものの、成長速度や形、サイズなどが一定せず、規格に揃った野菜を大量に流通させるには不向きでした。さらに、固定種を安定して維持・増殖するには、収穫せずにタネとして残す区画を確保しなければならず、農地の効率も下げてしまいます。これに対し、F1種は毎年新品を購入することで、品質の均一性、発芽率、収量の安定などが確保され、都心部や流通市場に大量供給するには合理的な選択だったのです。
こうした流れのなかで、自家採種文化は急速に縮小しました。特に1960年代前後から1970年代にかけて、多くの在来種・固定種が市場から姿を消していきました。
同時に、種苗業界は民間企業を中心とした体制に変化していきました。研究機関による公的な育種や普及から、企業による育種・種子生産・流通が主流となり、野菜や花きなどは主に民間の種苗会社が担うようになりました。
この過程で、タネはもはや「商品」として流通するようになったといえます。
コロナ禍で浮き彫りになった供給断絶リスク
こうした形式で安定供給されてきた種子ですが、近年、供給の脆さが浮き彫りになっています。たとえば、輸送コストや円安の影響による価格高騰、海外生産地の天候不順、さらに世界的な輸送網の混乱など。こうした複合的なリスクが、種子の安定供給を揺るがしています。
実際に、ある葉物野菜を生産する農家では、例年春前に種まきを行うはずが、種子が予定どおり届かず、播種の遅延を余儀なくされたという事例があります。このままでは出荷遅れだけでなく、生育不良による収量減も避けられません。
また、日本の野菜種子の約9割が海外生産・輸入に依存しているという現状も、リスクを増大させています。
加えて、2020年以降のパンデミックは、世界的な物流混乱や需要変動を通じて種子貿易や種苗業務に影響を与えたと報告されています。これにより、一時的な出荷遅延や需要の低下、配送の停滞などが生じ、業界のリスク認識が高まりました。
海外からの輸入に頼る体制では、輸送の混乱や国際情勢の変化で、一挙に供給が滞る危険があります。こうした事態をきっかけに、国内でタネを生産・確保しようという動きが、種苗会社を中心に本格化しました。輸入コストや物流の遅延を考慮すれば、必ずしも海外依存がコスト効率的とは限らなくなったのです。
「種交換会」の現場
こうしたなかで注目されているのが、地域の農家同士がタネを持ち寄り、交換しあう「種交換会」です。これは、かつて当たり前だった地域間のタネのやり取りを、現代に復活させる試みです。
たとえば、埼玉県日高市の農家ネットワーク「たねのわ」が主催する種交換会には、近隣の農家だけでなく、営利目的ではない家庭菜園を楽しむ人なども参加しています。そして出品されるのは、多くが地域の在来野菜に由来する固定種です。生産コストや収量の観点で敬遠されがちな品種が、こうした場で大切に受け継がれています。 こうした種交換会の意義は大きく、地域の多様な遺伝資源を保全するだけでなく、多様な人々を巻き込んでタネの価値を再定義する機会にもなっています。
技術を体系化し継承するために必要な仕組み
とはいえ、種交換会や個人レベルの自家採種だけでは、日本全体のタネの多様性を守るには不十分といえます。なぜなら、タネづくりには高度な技術とコスト、環境整備が必要になるからです。
まず、日本は気候・風土の面でタネの大量生産には不利とされます。たとえば、野菜の種には乾燥状態での保存や、乾燥後の品質維持、他品種との交雑防止のための広い畑などが求められます。しかし日本では多湿でカビが生えやすく、乾燥や保存が難しいといった点や、高齢化や担い手不足、土地利用の制約などもあって、野菜のタネ専用の大規模な採種農地を確保するのは容易ではありません。こうした気象・環境的な難しさは、種子を安定供給するうえで大きなハードルとなってきました。
また、タネづくりには技術が不可欠です。単に花を咲かせて種を取るだけではなく、交雑を防ぎ、品質を保ち、発芽率を確保し、病害虫に耐える種を選抜する。こうした一連のノウハウは、農家の片手間でできるものではありません。実際に、近代の種苗会社では、育種、増殖、選別、調製、流通までを一貫して行うことで品質を担保していますが、その背後には高度な育種学や採種技術、管理体制があります。
加えて、ひとつの品種を開発し流通させるには、時間とコストがかかります。固定種を維持するには何世代にもわたって選抜を重ねなければならず、その維持管理は容易ではありません。これが、かつて公的な制度のもとで行われていた理由でもあります。
戦後、日本では主要穀物の安定供給を目的に公的な種子管理制度が整備されました。それが 主要農作物種子法 です。1952年に制定され、各都道府県の農業試験場などが、地域に適したタネを育種・供給する役割を担っていました。 しかしこの制度は2018年に廃止され、公的管理が終了しました。
このような背景を踏まえ、地域のタネを守り、多様性と安定性を確保するためには、人材育成や生産・保存インフラへの公的支援、地域ブランドなど需要側との連携、情報共有と品質基準の整備といった複合的な施策が必要だと、行政や研究機関等が指摘しています。
次世代の採種技術者を育てるには


では、具体的にタネづくりの技術継承やタネの多様性の維持、国産回帰を進めるためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。
まず重要なのは、種子生産に携わる人材の育成です。これまでタネづくりは地域の農家の経験に頼る部分が大きく、人為的にノウハウを積み上げてきた体系は乏しいものでした。しかし、今後は育種、採種、選抜、保存、流通管理など、タネづくりの一連のプロセスを学ぶ体系化された教育・研修機会が必要になると考えられます。
さらに、行政や国の支援も鍵となります。たとえば、国内でのタネ生産を支援する補助金制度、ビニールハウスなど気候・保存に適した施設への助成、種子保存・流通のインフラ整備など、公的な後押しが制度として設けられれば、参入のハードルは大きく下がると思われます。
また、単なるタネの生産・保存だけでなく、地域の伝統野菜や在来種・固定種を活かした「地域ブランドとしての農産物づくり」も重要です。地産地消のムーブメント、スローフード、地域おこしや観光の視点などと結びつけることで、タネの多様性と文化的価値を次世代につなぐことができます。固定種・在来種の中には、形や収量こそ均一ではないものの、風味や香り、色、土地との相性など 多様な魅力にあふれたものが多く、その価値を再評価する動きがすでにあります。
そして最後には、種交換会のような横のつながりだけでなく、各地の農家、種苗会社、消費者、行政、研究者が連携し、「タネを守り、育て、使う」ための仕組み(情報共有、流通体制、品質基準、保存施設など)を全国的に整えることが望まれます。
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