鳥獣害対策における“緩衝帯”の重要性とは。持続可能な防除について

鳥獣害対策における“緩衝帯”の重要性とは。持続可能な防除について

イノシシやシカ、サルなどによる農作物被害は年々深刻化しており、農業経営を脅かす大きな課題となっています。電気柵や捕獲といった従来の対策も重要ですが、「緩衝帯(かんしょうたい)」の整備も重要な対策の一つです。

本記事では、緩衝帯の基本から導入事例、実施上の注意点などをご紹介していきます。

 

 

鳥獣被害が深刻化する背景

鳥獣害対策における“緩衝帯”の重要性とは。持続可能な防除について|画像1

 

農林水産省の調査によると、2023年度(令和5年度)の鳥獣被害額は全国で約164億円にのぼり、特にシカ・イノシシによる被害が大部分を占めています。

なお、これら鳥獣被害は主に以下のような背景によって拡大しています。

  • 中山間地域の過疎化・耕作放棄地の増加:人の気配が減り、野生動物が集落や農地に侵入しやすくなっている。
  • 里山環境の変化:下草の繁茂、放置竹林などが動物の隠れ場所となり、農地との境界が曖昧になっている。
  • 野生動物の生息域の拡大:温暖化や土地利用の変化により、シカやサルの分布域が平地にまで広がっている。

従来の「柵を立てる」「追い払う」といった対策だけでは限界があります。そこで「農地の周辺環境そのものを見直す」という対策が注目されています。

 

 

緩衝帯とは?

鳥獣害対策における“緩衝帯”の重要性とは。持続可能な防除について|画像2

 

「緩衝帯」とは、野生動物の生息地(山林など)と農地との間に設けられる、一定の空間的な緩衝区域を指します。主な目的は以下の通りです。

  • 農地への接近を心理的・物理的に抑制する
  • 隠れ場所となる藪や樹木を排除し、侵入を困難にする
  • 電気柵や罠などの効果を高める前提空間を作る

視界の開けた空間に対して、動物は警戒心を抱きます。そしてその場に近寄りにくくなるため、緩衝帯は動物に対して「隠れ場所がないこと」「動物が近寄りにくい環境であること」を示すものともいえます。

緩衝帯の設置例とその効果

緩衝帯の形状や規模は地域や作物によって異なりますが、代表的なものに以下のような方法があります。

  • 下草刈りや伐採による視界の確保:
    農地周辺の藪や雑木林を伐採し、見通しのよい環境をつくることで、イノシシやシカの侵入抑制につながります。多くの自治体では「農地境界から5〜10m」を目安に緩衝帯整備を推奨していますが、実際には地形や対象獣種、地域条件に応じて最適な幅を検討することが重要です。
  • 放置竹林の整備:
    サルやイノシシは竹林を経由して農地に侵入するケースが多いため、竹の間伐や伐採により通路を断ちます。竹の再生を抑えるには、根ごと除去するか、定期的な手入れが必要です。

草地・管理空間としての活用:空き地や耕作放棄地を、あえて緩衝帯として管理する方法もあります。草刈りを定期的に行い、明るく開けた環境に保つことで、被害の発生を抑制できます。

農研機構などの調査によれば、緩衝帯を整備した農地では、イノシシの進入頻度が大幅に減少した事例も報告されています。

緩衝帯と他の防除対策の組み合わせ

緩衝帯だけでも一定の抑制効果が期待される場合がありますが、実際には電気柵や罠、地域の共同運用など複合的な対策と組み合わせることで、より安定した防除成果が得られやすいです。

たとえば、草刈りされた緩衝帯に電気柵を設置することで、視覚的な障害と物理的障害の両方で侵入を防止することができます。ほかには雑草の繁茂を抑えたうえで、防護ネット・ワイヤーメッシュを組み合わせると、動物がネットや柵に接触しやすくなり、効果が安定します。

なお、緩衝帯などの開けた場所で音や光の出る追い払い装置を利用することもおすすめですが、これらの追い払い装置は一部の実証事例で効果が確認されているものの、長期的かつ普遍的な有効性にはまだ研究が必要な段階にあります。そのため、習慣化や設置場所の選定によって効果が変わってしまうことは理解する必要があります。

緩衝帯は、電気柵やネット、追い払い装置などが効果を発揮するための「前提条件を整える」という意味でも重要です。

 

 

実施上の注意点

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緩衝帯整備を進めるうえでの注意点として、以下のような点があげられます。

  • 定期的な管理が必要:一度整備して終わりではなく、年に数回の草刈りや間伐が必要です。
  • 私有地の合意形成が必要:農地周辺が他人の所有地である場合、設置には地権者の理解が不可欠です。
  • 里道や水路、法面との連携も重要:見落としがちな進入口を塞ぐ工夫も必要です。

鳥獣害対策として電気柵や罠も重要ですが、それだけでは根本的な解決には至りません。緩衝帯は、人が暮らす環境と野生動物が暮らす環境の境界線を可視化し、動物に知らせる空間です。農地の周囲環境を整備し、動物が立ち入りにくい畑をつくることは、持続的で効果的な対策といえます。

なお、緩衝帯の整備は集落全体や地域ぐるみで取り組むことで、その効果が飛躍的に高まります。とはいえ、まずは身近な環境から見直し、圃場周辺の整備を少しずつ進めていくことが大切です。

 

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