薬剤抵抗性獲得までの流れ。なぜ害虫は薬剤抵抗性を得てしまうのか。

薬剤抵抗性獲得までの流れ。なぜ害虫は薬剤抵抗性を得てしまうのか。

農業生産において、農薬は病害虫や雑草の被害を防ぐ重要な手段です。しかし、長年同じ薬剤を繰り返し使ううちに、その薬剤を使っても効果が出ず、被害が進行してしまう現象があります。これは「薬剤抵抗性」と呼ばれる現象です。薬剤抵抗性は、害虫や病原菌などが農薬の連続使用により、その薬剤に対する解毒能力や防御力を獲得し、効果が低下する現象を指し、各地で見られるようになっています。こうした抵抗性の発達は農薬の効果低下を招き、農業の持続可能性にも大きな影響を与えます。そのため、背景や仕組みを理解することが重要です。

※なお、本記事では「抵抗性」と「耐性」を同義の表現として用いています。

 

 

あらためて薬剤抵抗性とは

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前述した通り、薬剤抵抗性は、ある薬剤が以前は効果的だったにもかかわらず、同じ薬剤を使用しても期待した効果が得られなくなる現象を指します。

以下の説明は、研究用語辞典「薬剤耐性」の1文です。

薬剤耐性とは、生物が自分に対してなんらかの作用をもった薬剤に対して抵抗性を持ち、これらの薬剤が効かない、もしくは効きにくくなる現象のことです。多くの場合、医学・病理学、生物学の分野では、細菌やウイルスに対して薬剤が効かない、または効きにくくなることを指し、農学の分野では殺虫剤に対する病害虫の耐性や、除草剤に対する植物の耐性を指します。

引用元:薬剤耐性とは|研究用語辞典

これは害虫や病原体の集団がその薬剤に耐性を持つようになった結果として起こります。この「抵抗性」の標準的な定義として、対象集団が薬剤に対して遺伝的に変化し、その結果薬剤の効果が、薬剤ラベルに記載された通りに使っても、繰り返し期待した防除効果が得られない状態、とされています。(参照元:Introduction to Resistance | Insecticide Resistance Action Commiee (Insecticide Resistance Action Committee

この抵抗性は「集団レベルの変化」であり、全ての個体が変化するわけではないところが重要な点です。初めはごくわずかな個体が抵抗性の遺伝子を持ちます。しかし後述するように、「選択圧」がかかることで抵抗性の遺伝子を持った個体の割合が増えていきます。

 

 

薬剤抵抗性獲得の一般的な流れ

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薬剤抵抗性は次のような流れで進みます。

1.抵抗性をもつ個体の存在

自然界の害虫集団には、病原菌や昆虫を問わず、わずかに薬剤に対して耐性をもつ遺伝的変異を持つ個体が存在します。この変異は完全に新しく生まれるものだけでなく、薬剤以外の環境要因で進化してきた変異が薬剤に対する耐性をもたらすこともあります。

2.薬剤使用による強い選択圧

「選択圧」とは

生物の進化において、ある形質をもつ生物個体にはたらく自然選択の作用。環境条件や他種との競合、天敵による捕食などによって生じる。淘汰圧。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

という意味です。

病害虫から作物を守るために農薬を散布すると、多くの個体は薬剤により死滅します。しかし、1.で説明したように、わずかに存在する「耐性を持つ個体」は生き残ります。この時、薬剤が加える強い選択圧によって耐性をもつ個体の生存率が高まり、その子孫が増えていきます。生存した個体の子孫が増えるにつれ、耐性遺伝子の割合は急速に高くなります。

3.世代交代による遺伝的変化の増加

多くの農業害虫や病原菌は世代交代が早く、1年に何度も繁殖を繰り返します。また一度の繁殖で多数の子孫を残す種も少なくありません。これは耐性遺伝子が集団内に広がる速度を加速するものです。たとえば、数世代のうちに抵抗性遺伝子が集団内で主流になることもあります。

4.抵抗性集団の固定化

最終的に、集団全体の大多数が耐性遺伝子を持つようになると、薬剤の効果が著しく低下します。この状態になると、同じ薬剤を使用しても期待した防除効果はほぼ得られなくなります。

 

 

生物側の変異のメカニズム

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抵抗性獲得のメカニズムは複数ありますが、代表的なものを紹介します。

代謝型抵抗性(Metabolic Resistance)

代謝型抵抗性は最も一般的な抵抗性メカニズムの一つです。害虫は体内酵素を使い、薬剤を分解または無害化することで毒性を避けることがあります。具体的には、シトクロムP450やエステラーゼ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼといった酵素が農薬を分解し、作用を弱める役割を果たします。

作用部位変異(Target-site Resistance)

薬剤が本来結合して害虫を殺す標的となる分子(たとえば神経系の受容体)に変異が生じることがあります。その結果、薬剤がうまく結合できず、殺虫効果が発揮されにくくなります。こうした標的部位の変異は高い抵抗性を示します。

行動抵抗性(Behavioral Resistance)

害虫が薬剤の存在を察知し、薬剤が散布された場所を避けるような行動変化をすることもあります。たとえば散布直後に葉の裏側に移動したり、薬剤を避けて飛び立つといった行動パターンの変化があります。

侵入・吸収抵抗性(Penetration Resistance)

害虫の外皮に変化が生じ、薬剤が体内に浸透しにくくなることで抵抗性を示すことがあります。この形式の抵抗性は他のメカニズムと組み合わさることが多いです。

 

 

薬剤抵抗性を防ぐための対策

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薬剤抵抗性を完全に防ぐことは難しいですが、発達を遅らせたり影響を緩和する実践的な対策があります。

代表的なものには、作用機構の異なる薬剤を交互に使用することがあげられます。これにより、一種類の抵抗性が集団内で固定するリスクを下げます。また、IPM(総合的病害虫・雑草管理)の導入も有効です。これは病害虫防除を薬剤だけに頼らず、耕種的防除(品種選択、作物輪作など)、物理的防除(ネット、防虫シート)、生物的防除(天敵利用)を組み合わせることで、薬剤への依存度を下げる方法です。

また、抵抗性発生の兆候を早期に把握するため、フィールドモニタリングや薬剤感受性試験を実施し、抵抗性の発達を見極めることも重要です。そのほか、薬剤を散布しない区域を設け、感受性個体の遺伝子を集団に維持することにより、抵抗性遺伝子の割合の急増を抑えるといった戦略もあります。

 

 

まとめ

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薬剤抵抗性は、農薬が効果を持つ環境下で害虫集団に強い選択圧が加わると、抵抗性遺伝子を持つ個体が生き残り、世代交代を経て抵抗性が集団内で増えることで起こります。このプロセスは短期間でも進行しやすく、個体の代謝能力や作用部位の変異、行動変化といった多様なメカニズムが関与します。

抵抗性の発達を抑えるためには、薬剤の作用機構のローテーションや薬剤以外の防除手段を取り入れた総合的な害虫管理が不可欠です。また、抵抗性の早期発見とモニタリングが効果的な対策計画の基盤となります。

薬剤抵抗性対策に関する情報

 

参照サイト

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