「タネ」は野菜の生産に欠かせないものですが、日本は野菜種子の約9割を輸入に頼っています。しかし2025年10月27日付けの日本経済新聞にて、円安や輸送費高騰、海外生産地の天候不順により、国内農家への供給が遅れる・価格が高騰するといった影響が報じられました。
そのような背景から「日本国内でタネを生産すればよいのでは?」と思った人もいるかと思います。しかし、採種の現場からは簡単にはいかない理由が見えてきました。
採種現場から知る障壁


まず、野菜の採種は、一般的な野菜の栽培とは根本的に考え方が異なります。目的が「食べるため」ではなく「タネを採るため」だからです。採種栽培では、品種の純度や発芽率、病害・害虫管理などが重要視されるため、一般的な栽培よりも管理項目が多い傾向があります。
- 品種の純度を守る
- 発芽率を高く保つ
- 病害虫の侵入を防ぐ
- 気象条件を細かく調整する
これらを達成するためには、作物としての野菜を栽培する以上の手間と専門性が求められます。
以下、現場が直面する3つの大きな壁をご紹介します。
1. 気候の問題
日本の気候は、実は「種子生産に不向き」といわれています。
種子栽培において不利な環境として、以下の特徴があげられます。
- 日照不足
- 多湿とカビ
まず、秋冬の日照時間が短く、開花・結実が進みにくいため、花が充実しません。そのため、海外(地中海沿岸やインドなど)で採種する方が効率的とされてきました。
次に、タネの品質は乾燥工程の管理が要となっています。しかし日本は高温多湿のためカビが出やすく、乾燥工程の管理コストが増大します。農研機構(NARO)の資料など(後述するウェブサイトを参照)でも、種子の乾燥・保存には低湿度環境が不可欠で、湿度が高い地域ほど品質低下リスクが高いと示されています。
ただし、日本に限った話ではありませんが、近年では突発的豪雨や高温など気候変動の影響による異常気象も、採種時期の調整を難しくし品質のばらつきを招くとされています。
2.技術の問題
採種では、一般的な栽培では想像しにくい独特の技術が必要になってきます。
作物によっては、品種の純度を保つために花を一つずつ確認して手作業で受粉させる場合があります。開花直前に雄しべを除き、筆で花粉を運び、異品種の花粉が混入しないよう時間帯を管理し、……といった作業を行うためには多くの労力が必要となります。
また採種作物は「病気のない健康な状態」が必須。ウイルス病、菌核病、青枯病などの感染株が混ざると、タネ全体が使い物にならなくなるため、通常栽培以上の防除体制が求められます。
交雑を防ぐ必要もありますから、隔離栽培を行います。特に風媒・虫媒の作物では、他品種と数百メートル単位で隔離する必要があります。日本の場合、農地が小さく分散していることから、隔離栽培に必要な「物理的距離の確保」が難しいほか、「防虫ネット・隔離ハウスの設置」「開花時期をずらす調整」が大きな制約となっています。
3.コストの問題
国内採種に挑戦する上で最も大きいのが経済的負担です。ハウス建設費・燃料費・人件費が重くのしかかってきます。
採種では雨よけ・隔離・温度管理のためのハウスが不可欠ですが、近年の資材費高騰により、1棟あたりの建設費は数百万円〜1,000万円超に。初期投資が大きい点が障壁となります。
高騰しているのは資材費に限りません。温度管理のために冬季の暖房は必須ですが、燃料価格の上昇が採種企業の収益を圧迫し続けているのが現状です。
最後に人件費です。受粉・選抜・乾燥・選別など、機械化しにくい作業が多く、技術者の確保が難しいのが実情です。
国内採種の可能性


農林水産省は2023年度から「国内種子生産支援制度」を創設し、栽培地調査・技術研究・設備導入を後押ししています。この制度は国産種子の安定供給を目指すもの。その背景には、本記事冒頭で述べたように、気候変動や国際情勢の影響で輸入種子の供給が不安定化していること、さらに海外依存を続けることへのリスクが高まっているという現状があります。とくに野菜・麦・飼料作物の分野では輸入種子の割合が高く、国内生産体制をいかに維持し、技術を次世代へつなぐかが重要な課題になっています。
この制度では、国産種子の生産・採種に取り組む農家や採種団体を対象に、設備導入・採種圃場の改善・栽培管理技術の向上といった取り組みを支援します。たとえば、隔離栽培に必要なネットハウス整備、採種の品質を確保する乾燥機の導入、採種専用ほ場の更新・土壌改良などが補助の対象となり、国産種子の品質を安定させる基盤づくりが制度の柱です。また、若手の育成や地域ぐるみでの採種体制づくりも重視されており、担い手不足への対抗策としても位置づけられています。
たとえば北海道では隔離栽培施設の整備を通じて若手が採種に参入し、後継者不足の改善と収益源の多角化に成功。九州の葉物農家ではほ場整備や乾燥設備の導入により国産種子の安定供給が実現し、輸入依存による価格変動・供給遅延のリスクを回避できるようになりました。さらに、長野の伝統野菜では採種体制の強化によって在来品種の保全が進み、地域ブランド価値の向上にもつながっています。これらの事例は、制度の活用が担い手確保・経営安定化・地域資源保全など複数の効果を生み、地域農業の持続性を高める基盤となっていることを示しています。
制度の活用によって最も期待されるのは、安定した国産種子の供給体制が形成されるという点です。これまで輸入種子に依存していた作物でも、国内品種・国内採種の比率が上がることで、気候リスクや物流の混乱に左右されにくくなります。
また、採種技術の向上により、品質の高い国産種子が安定的に市場へ出回るようになります。発芽率の高い種子が確実に手に入り、品種本来の特徴を生かした栽培がしやすくなるため、結果として収量・品質の向上にもつながります。さらに、地域で採種体制が整うと、品種の地域適応性も高まり、その土地の気候に合った作物づくりが進められます。
長期的には、採種農家の育成や技術継承が進み、国内の種子産業そのものが持続可能な構造へ移行することが見込まれています。国産種子の価値が見直され、農家・消費者双方にとってメリットのある循環が生まれるでしょう。輸入依存のリスクを減らし、国内農業の強さを支える基盤を再構築することが、この制度の狙いです。
参照元ウェブサイト
- タネはどうやって作られるの? | おしごとはくぶつかん
- プレスリリース (研究成果) 適切な環境で保存すると、種子の寿命はどのくらい?
- 余った種子の上手な貯蔵法
- 野菜作りの基礎知識
- 野菜のタネ、危うい安定調達 自給率1割のみ 迫る気候変動、円安でコスト増 – 日本経済新聞
- 表題:農業生物資源ジーンバンクにおける種子の受入保存管理
- Vegetable Hybrid Seed Production | PDF | Science & Mathematics | Technology & Engineering
- Protocol for using pollinators in hybrid vegetable seed production
- 4. Seed Production of Vegetable, Tuber and Spice Crops (HPV 202) 3(2+1)
- 【農林水産省】令和7年度「野菜種子安定供給対策事業」公募
- 令和5年度野菜種子安定供給緊急対策事業のうち国内広報事業に係る公募について
- 令和6年度野菜種子安定供給緊急対策事業(4次公募)に係る公募について






























