大規模経営と持続可能性のバランスをいかにとるべきか。環境と両立する稲作とは。

大規模経営と持続可能性のバランスをいかにとるべきか。環境と両立する稲作とは。

昨今、稲作と環境との関係はかつてないほど重要なテーマになっています。

日本の食卓を支える主食・コメの栽培には、水資源や肥料、農薬など多くの資材を必要とします。水田から流れ出る養分や農薬は、河川や湖沼の水質悪化の要因ともなります。農業経営の大規模化が進む中で、効率を追求するほどに資材投入が増え、環境負荷も拡大する懸念があります。

では、環境と経営のバランスをいかにとっていくべきなのでしょうか。

 

 

大規模化と環境負荷増大の懸念

大規模経営と持続可能性のバランスをいかにとるべきか。環境と両立する稲作とは。|画像1

 

大規模稲作経営において、「効率を取れば環境が犠牲になる」という状況が重要な課題となっています。確かにスケールメリットはコスト削減や効率化につながりますが、その一方で農薬や化学肥料の使用量が増えれば、周辺環境への影響は無視できません。

大規模水田経営では、圃場ごとの管理が画一化されがちで、局所的な環境影響に気づきにくいという難点もあります。たとえば、水質悪化や土壌劣化といった影響は長期的に現れるため、経営者が直接的なリスクとして把握するのが難しいのです。

環境配慮の先進事例

ここからは、環境に配慮しつつ稲作を続けるヒントとなる取り組みをご紹介していきます。

滋賀県では、琵琶湖をはじめとする環境への負荷の削減を目的として、「環境こだわり農産物」認証制度を導入しました。

琵琶湖の周辺では、水田からの排水に含まれる窒素やリンが水質汚濁を引き起こすとして、長年にわたり課題視されてきました。この制度では、同制度は、化学合成農薬の使用量や化学肥料(窒素成分)を慣行の50%以下に削減することなど複数の条件を満たす栽培(栽培記録や地域での協定等も要件に含む)を「環境こだわり」と認証し、流通で差別化を図っています。

滋賀県の認証米は、県内のスーパーや生協で消費者から高い支持を得ており、「環境配慮型農産物」の代表例として全国的に注目を集めています。

また、近年はドローンや自動化技術を活用して大規模経営で有機・環境配慮栽培に取り組む事例が増えています。もちろん、国内の有機作付面積は全体ではまだ小さく(水稲は総生産のごく一部)、普及には技術・流通・コスト面の課題が残っています。とはいえ、ドローンによるスポット散布や自動運転田植機の活用によって、効率性を維持しながら有機栽培の手間を削減する事例が見られます。

かつては「有機は小規模でしか成立しない」と考えられていましたが、テクノロジーの進歩によって、大規模経営でも環境配慮型稲作が現実的なものとなりつつあります。

環境に配慮した栽培の利点

環境配慮型の稲作は、単に「環境にやさしい」という理念だけでなく、市場における実利ももたらします。

ブランド価値の向上:
「環境こだわり」米のような独自の認証制度で差別化を図ったものや有機米は、「安心・安全」や「持続可能性」を求める消費者に支持され、通常のコメよりも高価格で取引されるケースが増えています。

高価格での販売可能性:
研究や流通調査では、有機・特別栽培といった付加価値が明確な商品には、一般に一定の価格プレミアムが認められています。スーパーやネット販売において、消費者の好みや志向と合致することで、価格が少々高くても選ばれる傾向があります。

消費者の信頼獲得:
環境配慮の姿勢は「見えない差別化要素」として、長期的に消費者の信頼を得る力になります。特に若い世代ほど「環境負荷の少ない食材を選びたい」という意識が強く、今後の市場を支える層へのアピールにつながります。

環境配慮型経営の課題

もちろん、環境と両立した稲作を実践するには課題もあります。

手間とコストの増加:
農薬や化学肥料の削減により、雑草管理や害虫対策の手間が増える傾向があります。また、有機肥料のコストや労力も無視できません。

技術・ノウハウの習得:
有機栽培などの農法には、慣行栽培とは異なる知識や経験が必要です。地域での技術共有や農業指導員の支援が重要になります。

スマート農業技術との組み合わせによる可能性

面積が広がるほど、きめ細やかな環境配慮型管理が難しくなる点が課題の一つとしてあげられます。ですが、先述した通り、リモートセンシングやIoTなどのスマート農業技術を組み合わせることで、省力化と環境配慮の両立が可能となります。

ドローンを活用した精密農薬散布は、従来よりも使用量を大幅に削減できるだけでなく、必要な箇所に限定的に施用することで環境負荷を低減すると期待されています※。

そのほか、センサーを用いた土壌水分のリアルタイム測定やAIによる病害虫の発生予測も、過剰施肥や不要な防除を防ぐ有効な手段です。

※ドローン等による精密散布は、散布ドリフトや規制、運用コストなど実務上の留意点も指摘されています。導入効果は条件(装置・運用・対象)に依存する点に注意が必要です。

また、スマート水管理システムを導入すれば、圃場ごとの水位や水温を遠隔で調整でき、猛暑や干ばつに対応しつつ、温室効果ガスの排出削減にも寄与します。

これらの技術は環境保全の側面からも有効であり、大規模化と環境への配慮を両立させた農業の普及を後押しする存在となり得ます。

 

 

海外の事例から学ぶ

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大規模経営と持続可能性の両立は、日本に限らず、世界各国で共通の課題として模索されています。

たとえば、たとえばイタリア北部のポー平原やロンバルディア地方では、伝統的な水田が湿地に代わる生息地として水鳥や水生昆虫など多様な生物を支えていることが多くの研究で示されています。地域によっては湿地保全や農薬や化学肥料の投入を抑制する栽培試験、有機栽培の事例が進められており、「高品質のリゾット米」としてブランド化するなど、環境保全と経済的な利益を両立させています。

また、アメリカ・カリフォルニア州の稲作地帯では、冬期に収穫後の水田を意図的に湛水し、渡り鳥や水鳥の越冬・中継地を確保する取り組みが普及しています。研究では、水田が多様な鳥類や魚類の重要な生息地になること、さらに消費者向けの保全メッセージやラベルが付加価値につながる可能性を示唆。なお、これらの取り組みは保全のため、農家へ補償を行う仕組みとなっています。

これらの海外事例は、日本における環境こだわり農業の先進事例と共鳴し、グローバルな視点からの持続可能な稲作の方向性を示唆しています。

 

 

持続可能なコメ作りに向けて

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稲作の大規模経営は今後ますます進んでいきます。しかし、その効率性だけを追求すれば、水質汚濁や気候変動といった環境問題に直面し、長期的には自らの経営を危うくするリスクを孕みます。

だからこそ、これからの稲作には効率化と環境保全の両立が求められます。環境配慮を単なるコストと捉えるのではなく、市場競争力を高める投資と位置づけることが重要です。環境と共存する稲作は、消費者からの信頼を得るだけでなく、農業経営そのものの持続可能性を保証する道でもあります。

 

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